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「第48回日本医学教育学会大会」

2016年07月29日2016年7月29、30日「第48回日本医学教育学会大会」が大阪医科大学で行われ、当法人理事長 高階經和が日本の医学教育の国際化に多大な貢献をした者に送られる「医学教育日野原賞」を受賞しました。
受賞者講演では"「3つのM」(1)Mission (使命感)、(2)Mentor or Model (師匠・手本)(3)Mirror(鏡・反省)”、についての熱いメッセージが送られました。
 
「医学教育賞日野原賞」記念講演 
日 時:2016年7月30日(土) 13:35~13:50
場 所:大阪医科大学
学 会:第48回日本医学教育学会総会
授賞記念スピーチ:髙階經和
只今は、本年度の「医学教育日野原賞」授賞者として、ご紹介を賜りまして誠に恐縮に存じます。また私の最も尊敬する日野原重明先生から栄誉ある賞を賜りましたことに対しまして、深く感謝申し上げる次第であります。私は平素から人生には「3つのM」が必要であると考えております。(1)最初のMはMission (使命感)、(2)番目のMはMentor or Model (師匠・手本)そして(3)番目のMはMirror(鏡・反省)であります。

(1)Missionとは医師としての使命感を持つことであります。第2次世界大戦の末期でしたが、私が住んでおりました阪神間もB-29爆撃機の焼夷弾攻撃を受け、幸いにも攻撃を免れました。自宅兼診療所に全身に火傷を負った方々が運ばれてきました。父は1年半前に脳出血で倒れ、まだ左半身不随の状態が残った身体にも拘らず治療に当たっていた姿と、自らの着物を鋏で切って包帯代わりにしていた母の姿を見て、私は「病身の身体を押して人を救う尊い医師としての父と、母の姿に感動し、医師になろう」と決心したしました。

(2)Mentor or modelとは、師匠に出会うことです。1951年、私が医学部の1年
生の時、日米医学教育視察団の団長として来られたエモリー大学内科主任教授Dr.
Paul Beesonは43歳の若さでした。8日間のプレゼンテーションでDr.Beesonの患者に対して優しく接する紳士的な態度と、日本人の若い医師達に鑑別診断の面白さを、ジョークを交えて話していた人間として温かさと、知識の豊富さに深い感銘を受け、彼が私の第1 の師匠となりました。
そして、私は1954年に神戸医科大学を卒業し、大阪にあった米国陸軍病院のインターン研修を受けました。その後半に同病院内科に着任してきたDr. Thomas N. James に出会いました。彼の患者を診る技術の素晴らしさと、素早く見事な活字体で書上げていくアメリカ人には珍しい筆跡、そして心臓病専門医としての力量に圧倒されました。病歴の書き方、診察手技のノウハウ、鑑別診断の仕方は、Dr.Beeson と変わらぬ臨床医として完成された姿であり、彼が第2の師匠となりました。
  そして4年後の1958年、Dr. James の紹介により、チュレーン大学医学部内科に留学しましたが、そこで彼の恩師であるProf. George E. Burch に出会いました。彼は素晴らしい心臓病医であり、教育者である彼は心電図学や心臓病学の教科書を執筆し、またAmer Heart JのEditor、多くの専門誌の編集を行っていました。1962年までの間、「人は尊厳を持って生まれ、尊厳を持って死す」「医学の歴史は過ちの歴史である」「常識で判断できないような検査は行うべきでない」「医学は臨床・教育・研究という3脚の上に立っている。どれか1本が短くてもいけない」など、Dr. Burch 独特の語録から、先生の倫理観を知る事ができました。そして、彼が第3の師匠となりました。
  そして第4の師匠は日野原重明先生であります。先生とは私が1964年以来、半世紀に亘り、先生の教育者としての温厚で紳士的なお人柄と、幅広い学経験に裏打ちされた臨床医としてのあるべき姿を示して頂き、深い尊敬の念を抱くと共にし、1980年、日野原先生や、阿部正和先生らと「バイタルサイン」(医学書院)を分担執筆させて頂いたことは私の名誉であり、私の知的財産となっております。1985年、当法人設立にご尽力頂き、今日まで私共の活動をご指導頂きました事を、心から感謝申し上げております。そして2004年、遂に念願の「アジア・ハート・ハウス」を大阪に設置することが出来ました。

(3)Mirrorとは、絶えず自分が歩いてきた道を振り返り、反省することであります。私は2004年に全身骨転位を伴う前立腺がんに罹患し、予後は3年といわれましたが、抗ガン剤とホルモン剤と、X線集中治療を行い、毎日の運動で必ず克服できると信じました。そして遂に健康を取り戻しました。人は誰でも1つの物事を達成すれば、それに満足しがちですが、絶えず自らを顧みる心が必要であります。

1962年に帰国以来、私はベッドサイド診察手技の重要性について全国の医学教育・医療機関での講演を行ってきましたが、実際の患者を前にせず講演を行うことにジレンマを感じていました。その結果、臨床医学教育にはどうしても患者シミュレータが必要であると考え、17年間の試行錯誤の末、1993年に誕生したのが、心臓病患者シミュレータ「イチロー君」であります。その後、各国での「イチロー」研修(Simulator”K” Training)を行ってきました。今日、高度技術の臨床面への導入に伴い、ハイテクを駆使した臨床検査を第一義と考え、臨床の基本であるベッドサイド診察法を軽視し、時には無視する傾向が見られます。しかし、これら臨床手技は如何に時代が変わろうとも、変わってはならないであります。

以上「3つのM」を私は何時も心掛け、今日まで臨床医学教育の大切さを後輩の
方々に伝えようと努力して参りました。私が医師になってから今日まで、62年に亘り国の内外で多くの方々に出会い、貴重な体験を致しました。本日、このような栄誉ある賞を戴きましたことは、私一人に対してではなく、今まで私を支持して頂いた多くの方々の努力のお蔭であり、この慶びを分かち合いたいと思っております。            ご清聴ありがとうございました。




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